
事業が2つ、3つと増えると、いちばん先に悲鳴を上げるのは経理です。売上の元データが事業ごとに別のスプレッドシートに散らばり、月末には担当者がそれをまとめて損益計算書(PL)に転記する——この作業だけで、毎月数日が消えていきます。
私自身、複数事業を回す会社の代表として、この痛みは長く抱えてきました。この記事は、その痛みを「機械に下ごしらえさせる」ことで軽くした、自社での取り組みの記録です。
この事例のまとめ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 業種 / 規模 / 地域 | 観光・婚活・レンタルスペース・AI事業ほかの複合事業体 / 6事業を並行運営 / 愛知県名古屋市 |
| 期間 | 2026年春に着手。同年5月に第1段(月次PL自動転記)完了。過去実績月(4月分)を使った「照合テスト」=機械が集計シートから読み取った値と、税理士事務所の既存PL上に入っている値を突き合わせ、全事業が差分±0で一致することを確認したうえで本番運用へ移行 |
| 課題 | 月次PLは税理士事務所の共有ドライブに、事業別の元データは各事業のスプレッドシートに、それぞれ分散。月末〜月初の"転記待ち"で数字が固まるのが遅い。会場貸し配信・AI事業などは元シートのフォーマットも都度変わり、他事業と足並みが揃わない |
| 設計したもの | ①各事業の集計シートから月次数字を機械が読み取り、税理士事務所の月次PLの決まった行(事業)と決まった列(月)にまとめて書き込む仕組み(=月次PL自動転記)/②本番書込の前に、これから書く値と既存の値の差分を必ず1画面で見せる「下書き確認」画面/③事業ごとに集計シートの並び方が違う(結婚相談所は担当者別、会場貸し配信は日付でフィルタ、など)ため、事業ごとに"読み取り方"を1つずつ登録する仕組み |
| Before → After(設計上のねらい) | 月末に事業ごとの担当が数字を集めて経理へ渡す → 集計シートに数字が入り次第、機械が下ごしらえ 月次PLに手作業で転記 → 下書き確認で異常がないことを確認してからボタン1つで一括書込 月次数字が固まるまで数日 → 数字の"待ち時間"を短縮(正確な短縮日数は運用フェーズで計測中)。最終確定は従来どおり税理士側の確認に依存 |
| 人が確認する範囲 | 転記前に必ず「下書き確認画面」で経理担当が承認。集計シートの構造が変わったとき(新しい担当者が加わる、事業タブが増える等)はその月だけ人が調整する。過去実績との照合テストで差分±0が取れないときは、原因が分かるまで機械には触らせない |
※内容は自社での実際の取り組みに基づきます(一部匿名化・数値の"何日短縮"のような厳密計測は運用フェーズで進めています)。
現実:数字がバラバラの場所にあると、集めるだけで数日が消える
多くの中小企業では、こういう状態がふつうです。
- 事業Aの売上は、担当者Aのスプレッドシート
- 事業Bの売上は、事業Bの管理システムからCSVで出力
- 事業Cの売上は、EC通販側の管理画面から手動で抜き取り
- 損益計算書(PL)本体は、税理士事務所の共有ドライブ
事業が1つなら、これでも回ります。ですが事業が3つ、5つと増えるほど、「どの数字を、どこから、いつ引いてくるか」が担当者の頭の中にしかない状態になります。担当者が休むと、その事業だけ月次が止まります。転記中に1桁書き間違えていても、翌月に気づく——ということも起きます。
私たちの会社も、まさにこの状態でした。事業ごとに集計シートは整えてあり、それぞれの担当は数字を正しく作れている。それでも月末になると「どこの数字が最新か」が分からなくなり、月次PLに反映されるまで数日かかっていました。

逆転の発想:会計ソフトを入れ替えない。上に1枚"経営から見える画面"を乗せる
このとき私たちが取ったのは、「新しい基幹システムに全部乗せ替える」道ではありませんでした。
理由は3つあります。
- 税理士事務所との連携を壊したくない。月次PLの様式・記帳ルールは、税理士側の運用に合わせるのが自然です
- 事業ごとの集計シートには、それぞれの担当者の"癖"が残っている。これを一律に潰すと、現場が動かなくなります
- 「切り替え」より「上乗せ」のほうが失敗しても戻れる。何かあれば、機械に触らせるのを止めれば従来どおりに戻ります
代わりに設計したのは、既存のスプレッドシートと月次PLをそのまま残し、その"間"に1本の自動転記の仕組みを差し込むというやり方です。仕組み自体は、以下の3つの部品だけです。
- 読み取り:各事業の集計シートから、その月の売上・粗利・支払・利益を機械が読む
- 突き合わせ:月次PLのどの行(事業)とどの列(月)に、どの数字を入れるか、事前に対応表として持っておく
- 書込み前の下書き確認:本番書込の前に必ず「下書き確認画面」を表示。これから書き込む値の一覧を、事業ごとに1画面で見せる(過去実績月を対象にする場合は、既存PLとの差分もここに出す)
書込は、下書き確認を経理担当が承認してから、ボタン1つで一括で行います。過去実績を使った照合テストで差分±0が取れないうちは、本番書込ボタン自体を機械側でロックするという設計にしました。これは、機械の暴走を「人の見落とし」で拾わせない、いちばん大事な安全弁です。
意外な難所:事業ごとに、集計シートの"骨格"がまったく違う
設計上いちばん時間がかかったのは、実は「読み取り」の部分です。事業によって、集計シートの構造がまったく違っていたのです。
- 一般旅行:集計シートの決まったセル範囲を読めば済む(B3:B5の3行)
- 恋するバスツアー:名古屋と大阪で行が分かれ、それぞれ売上・支払・利益が横に並ぶ
- 会場貸し配信:売上明細と支出明細を「日付でフィルタして合算」する形式(税理士側の月次締めに合わせる)
- 結婚相談所:担当者別のタブに"収入のみ"しか入っていない。地域別(名古屋/関西)で足し上げるには、集計シートの担当者別行を読み、地域マッピングを別に持つ必要がある
こういう"事業ごとの癖"を、機械側に1つずつ教え込むための「読み取りルール表」を最初に設計しました。ここに時間をかけたおかげで、あとで事業が増えても、読み取りルールを1つ足すだけで済むようになっています。
学び:自動化の成否を分けるのは「差分ゼロで止まる」設計
この取り組みで得た、いちばん大事な学びは次の1点です。
自動化は"書き込ませる"設計ではなく、"書き込ませないためのブレーキ"の設計で決まる。
機械に月次PLを触らせるのは、経理担当にとっては怖い話です。だからこそ、「差分±0でなければ、機械は動かない」というブレーキを最初に組み込む。この一手だけで、経理担当が仕組みを信頼して使えるようになります。
下書き確認画面で「今月の下書き:全事業・警告0件」と表示され、かつ過去実績を使った照合テストが±0で通っている状態のときにはじめて「本番書込」ボタンが押せる。逆に、1事業でも異常や差分が出ていれば、そこで機械は止まり、原因が分かるまで人の目が入る——この設計を、私たちは「下書き優先ルール」と呼んでいます。
誰に向いているか、向いていないか
この考え方は、次のような会社に合います。
- 事業が2つ以上あり、それぞれの元データが別のスプレッドシートやシステムにある
- 月次PLは既に運用されていて、税理士事務所との連携も回っている
- 経理担当が「もっと早く月次数字を締めたい」と感じている
逆に、次のような場合は無理に着手する必要はありません。
- 事業が1つで、月次PLに直接数字を入れれば済む
- そもそも月次PLの様式や運用ルールがまだ固まっていない(そちらが先)
- 経理担当が1名で、その担当が異動・退職を控えている(引き継ぎが優先)
この記事に関連するテーマ
自社の月次数字を"経営から見える1画面"にまとめる、という考え方は、請求書づくりの「転記」を無くす — 経理まわりの自動化の始め方 や、「注文・在庫・請求・入金」がバラバラ、を1つの画面にまとめる — 医療系卸のケース と地続きの話です。前者は"経理まわりの入口"、後者は"販売基幹の統合"、今回の記事は"経営が見る月次PLの統合"、というふうに、切り口が違うだけで方向性は同じです。
導入を検討する段階の方は、まず 名古屋・愛知の中小企業のための「業務自動化」完全ガイド の該当章もあわせてお読みください。
相談は無料で受け付けています
「うちも事業が増えてきて、月末の数字がなかなか固まらない」——そんな段階の会社が、まさに今回のやり方に向いています。
自社の状況を1度お聞かせいただければ、「どこから、どの順で手をつけるとよいか」を、その場で紙1枚にまとめてお返しします。ご相談は無料です。
よくあるご質問
Q. 会計ソフトを入れ替えるということですか?
A. いいえ、入れ替えません。既存の会計ソフト・税理士事務所・事業ごとのスプレッドシートは、そのまま残します。今回のやり方は「上に1枚"経営から見える画面"を乗せる」考え方です。数字の"下ごしらえ"だけを機械が代行し、月次PLの最終値そのものは従来どおり税理士側で確定します。
Q. 事業が2〜3個の会社でも意味がありますか?
A. あります。事業が2つでも、「売上の元データがそれぞれ別のスプレッドシートやシステムにある」時点で、月末の集計は手作業になります。転記が1つでも残っていれば、月次数字の"待ち時間"の原因になります。まず「どの事業の、どの数字を、どこから引いてくるか」を紙1枚に書き出すところから始められます。
Q. 費用はどのくらいかかりますか?
A. 一概には言えませんが、今回の自社の取り組みでは、外部の新しいツールは追加していません。既存の Google Workspace とスプレッドシート、そして社内で使っている開発環境の範囲で組んでいます。かかったのは"時間"であり、追加のライセンス費や月額のクラウド費用ではありません。
Q. 経理担当が「AIに数字を触られるのが不安」と言います
A. その感覚は自然です。今回の仕組みでも、機械が触れるのは「下ごしらえ(各事業シートから月次PLへの転記)」までで、最終確定は必ず人が承認する運用にしています。機械が"書き込む前に一度画面で下書きを見せる"「下書き確認」機能を必須にしておくと、経理担当も安心して使えます。


