
「20年ほど前に、当時のシステム担当が作ったExcelマクロが、今も現場で回っています。動くんですが、直せる人がいない」。中小企業の総務担当の方から、こう相談されました。同じような話は、業種を問わず本当によく聞きます。
この記事の要点
- Excelマクロを完全に置き換えるのではなく、"中身を人が読める形に外に出しておく"のが現実解
- 中身を言葉に書き出しておくと、AIに手伝ってもらえる場面が広がる
- 属人化・引き継ぎ不能・ブラックボックスの3つが和らぐ
現実:マクロは「動くけど、触れない」ままになりやすい
Excelマクロ(VBA。=Excel内で動く自動処理のプログラム)は、その会社の業務に特化しているぶん、一度動き出すと便利です。ですが数年経つと、以下のようになりがちです。
- 作った人が退職して、中身が読める人が社内にいない
- Excelのバージョンや実行環境が変わったときに、一部が動かなくなることがある
- 業務が少し変わっても、マクロが追いつかない
- 「触ると壊れそう」で、誰も触らないまま塩漬け
新しく作り直そうとすると、時間もお金もかかる。だから、**「動いているうちは触らない」**が続いてしまう。この状態を、私(田畑)は"マクロの塩漬け"と呼んでいます。
逆転:マクロを"仕様書"に翻訳して、AIに手伝ってもらう
「マクロを別のプログラムに書き直す」ではありません。「マクロが何をしているか」を人が読める言葉に書き出して、その言葉を仕様書として残す、というアプローチです。仕様書があれば、次の人が引き継ぎやすくなり、また、置き換えられる範囲についてはAIに手伝ってもらう選択肢が広がります。
- マクロの中身 → AIに読ませて、日本語の"仕様書"に翻訳させる
- 仕様書 → スプレッドシートやドキュメントに保存
- 毎回の処理 → 仕様書+処理したいデータを、AIに毎回渡す方式や、Google Workspaceの自動化機能で組み直す方式に少しずつ移す
- 出力 → AIが仕様書に沿って処理した結果を、必ず人が最終確認して次工程へ
こうしておくと、"仕組みを人が読める形で外に出しておける" ようになります。将来、担当者が変わっても、"仕様書"を読めば引き継ぎやすくなります。
置き換えやすい範囲・置き換えにくい範囲(重要)
生成AIは、同じ仕様でも実行のたびに結果が少し揺れることがあります。だから「マクロを丸ごとAIに置き換える」ではなく、「範囲を分けて」少しずつ移すのが実務のコツです。
| 置き換えやすい範囲 | 置き換えにくい範囲 |
|---|---|
| 定型的な集計(月次売上を店舗別に集計 など) | 印刷レイアウトや帳票フォーマットの厳密な再現 |
| データの並べ替え・重複除去・簡単な条件分岐 | 外部システムとの連携処理(勤怠・会計ソフト等) |
| 「読みやすい形に整形して出す」下ごしらえ | 監査対象になる数値の再計算(税・給与など) |
| 内容の要約や、一次確認のたたき出し | 認証情報・パスワードを扱う処理 |
置き換えにくい範囲は、無理せずマクロや専用ソフトを残す、という判断で全く問題ありません。全部をAIに置き換えることが目的ではなく、**"属人化を減らして、次の人が引き継げるようにする"**が目的です。
Before → After:マクロと"卒業後"の比較
| 項目 | Before(マクロで運用) | After(仕様書+AIも活用) |
|---|---|---|
| 中身の可読性 | VBAコードなので、書ける人にしか読めない | 日本語の仕様書があるので、業務の人にも読める |
| 引き継ぎ | 引き継ぎ相手を選ぶ | 仕様書があれば引き継ぎやすい |
| 業務変更への対応 | コードを書き直す必要がある | まず仕様書を書き換え、置き換えられる範囲から反映していく |
| 環境変更への耐性 | Excelバージョンや環境の変化で壊れることがある | 仕様書は残るので、環境が変わっても知識は失われない |
| 属人化 | 作った人しか触れない(塩漬けリスク) | 仕様書を全員で読める |
| 実行の手軽さ | Excel上のボタンをクリック | 最初はAIチャットに毎回貼る/慣れたらメニュー化 |
具体例:3種類のマクロで、卒業の順番を考える
| マクロの種類 | 卒業のしやすさ | 進め方の目安 |
|---|---|---|
| 定型集計マクロ(毎月の売上を店舗別に集計するなど) | 高 | まず仕様書化 → AIに毎月頼む形へ。または毎朝AIに自動でやらせるへ |
| 帳票印刷マクロ(請求書・納品書などをまとめて印刷) | 中 | 仕様書化 → 出力フォーマットは既存のExcelを残しつつ、AIには"下書き作成"だけを頼む |
| 業務ロジック分岐マクロ(顧客ランクや条件で処理が変わる) | 低〜中 | まず"読み解き"だけをAIに依頼。分岐条件を1枚の表にまとめてから、仕様書化。運用は既存を残す |
「卒業のしやすさ」が高いものから順に、1つずつ手を付けるのが現実的です。全部を一気にやろうとしないが、実務のコツです。
やり方(大枠だけ)
- 中身を読み解く:マクロのソースコード(VBA)からまず機密情報(社内パス・取引先名・認証情報)をマスキングして、AI(Gemini / Claude / ChatGPT)に貼り、「経営者にも分かる言葉で、このマクロが何をしているか説明して」と依頼
- 仕様書化:説明された内容を、スプレッドシートやドキュメントに"仕様書"として保存。手順・入力・出力・分岐条件・注意点 の5項目で書き出す
- 範囲を分ける:上の「置き換えやすい範囲/置き換えにくい範囲」の表を使って、まず"置き換えやすい範囲"を選ぶ
- 選んだ範囲だけ、AIに毎回頼む形をつくる:処理したいデータ(Excel/CSV)と仕様書をセットで渡すと、AIが処理結果を返してくれる形に。最初はチャット画面に貼るところから始めてよい
- 1件ずつ、結果を人が最終確認:AIが処理した結果を、必ず人が突き合わせて確認。ズレがあれば仕様書に注記
- 慣れてきたら"ボタン1つで呼ぶ形"に:スプレッドシートのメニューや、Google Workspaceの自動化機能から呼び出す形に発展させる(ここは開発の手が要ることが多いので、外部の伴走を借りるのが早い)

やってはいけないこと(現場でよく見る失敗)
- 仕様書化を飛ばして、いきなり別ツールに移す(マクロが本当に何をしていたか分からないまま、"動くらしいもの"を再構築してしまう)
- 置き換えにくい範囲まで一気にAIに任せる(結果が揺れる、監査対象の数字がズレる、認証情報が漏れるなどの事故につながる)
- 人の最終確認を省く(AIは仕様書どおりに動くとは限らない。最初は必ず突き合わせを)
- 仕様書を個人PCに置く(属人化を再生産する。共有の場所に置くところまでがワンセット)
- マクロのコードをそのままAIに貼る(社内パス・取引先名・認証情報が含まれていることがある。必ずマスキングを)
この考え方が効く場面
Excelマクロだけでなく、以下にも同じ考え方が使えます。
- 昔つくった自作のAccessデータベース
- 社内で"担当者しか触れない"シート(IF関数・VLOOKUP・条件付き書式が積み重なった巨大シート)
- 紙のマニュアルで動いている定型業務(マニュアルを"仕様書"に置き換えて、AIに手順どおり動かしてもらう)
いずれも「作った人/触れる人しか分からない業務」を、**"仕様書+AI"**の組み合わせで少しずつ外に出し、次の人が引き継げる形にしていきます。関連する考え方はGoogleスプレッドシートの集計を、毎朝AIに自動でやらせるや請求書づくりの「転記」を無くすにもまとめました。
まず、ここから
「うちに20年前のマクロがある」「触れる人がもういない」——そんな声からご相談を受けています。TSUNAGARU AI LABO では、まず1つのマクロを"仕様書に翻訳"するところから伴走しています。無料相談も歓迎です。
よくあるご質問
Q. マクロを"直す"のと、"卒業する"のはどう違いますか?
A. 直すは、いまの仕組みの中身を修正するアプローチです。卒業するは、「その処理の中身」を人が読める言葉で書き出し、AIに手伝ってもらえる形に少しずつ置き換えていくアプローチです。作った人がいなくなっても、次の人が"言葉"で理解して引き継ぎやすくなります。
Q. マクロの中身が複雑で、何をやっているか分からない場合は?
A. そのままAI(Gemini / Claude / ChatGPT など)に「このマクロが何をしているか、経営者にも分かる言葉で説明して」と貼り付けて聞くのが第一歩です。読み解きから始めます。読み解いた結果を"仕様書"としてスプレッドシートに保存すれば、その時点で属人化はかなりほぐれます。
Q. 情報漏洩は大丈夫ですか?
A. マクロのコードには、社内フォルダのパス、取引先名、認証情報などの機密が紛れ込んでいることがあります。**まずはダミーデータで試す/機密情報を貼る前にマスキングする/社内の情報管理ルール・利用規約を確認する**、の3点をセットにしてください。「入力データを学習に使わない設定」があるサービスも増えていますが、サービス・契約プラン・時期で条件が違うので、必ず契約条件を確認してから本番運用に移してください。


